ふで字メッセンジャーハヤタク

新しいブログ始めました。

 
想いを筆に込めてメッセージを書いています。
 
facebookアカウントをお持ちの方はコチラで。
 
 
 
 
 
 
 
したっけの。
 
 
あー、久しぶりに言った。coldsweats01

旭川神社 旭川パワースポット

Dscn3788

ウィンターフェスティバルの帰り、折角なので裏の神社に詣でによった。

神社というところは、長年お祈りした甲斐があるのかパワースポットとしての力は強いと感じる。

こう身体に色々起きると神頼みか。

まあ、実際は手を合わせると何も思うことは無くなり何も考えずに参ることが常。

ただそこにいる事、そして祈るという行為が好きなのかもしれないと思う。

Dscn3791

Dscn3792

Dscn3794

 
 
 
 
 
 

以前、来た時にイヤホンをしながらお参りしようとしたら、神殿に上がるときにブツッと音を切られたことがある。そんな神様も写真は撮らせてくれた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

したっけの。

ブログを書くこと

最近ブログを書いていて、ネガティブな内容になっているに気づき消してしまい、頭が真っ白になりその日は書かないなんてことが多い。

自分から発信し続けることに意味がある。

だからブログにしても、そのままドンドン発表していけばいいのかもしれない。

でも、ポジティブな思考や言葉が自分にプラスになることを引き寄せるように、ネガティブな言葉は自分にマイナスを引き寄せてしまうだろう。

ましてや、ブログは不特定多数に発信し、その後も残り続けるもの。

見る人にとっても気持ちのいい物ではない。

 

吐き出すことで、自分のストレスは減るのかもしれない。

 

共感してもらうことで、自分を正当化できるのかもしれない。

 

自分の心のキズを診せて、慰めて欲しいのかもしれない。

 

でも、自分の未来を考えたら、けしてプラスにはならないと筆をおく。

 

ここで頭を切り替え、新たな話題をふれれば更なる成長を自分に見ることが出来るかもしれない。

 
 

まだ、それが出来ない自分に苛立ちを覚えながら、今日も又、PCの前に向かう。

 
 
 

楽にやろうよと声が聞こえてきそうだが、甘えだすと止まらない自分がいやなのだ。

 
 
 
 

だから、少しづつでも発信しつづけたいのだが。

 
 
 
 
 
 

とにかく、格好つけたい自分がいるのだ。

 
 
 
 
 
 
 

だから今日もジレンマ。

 
 

いや、トリレンマかな。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

したっけの。

仏教 三毒

先日の記事で、愚痴というのは良くないとご指摘いただき反省。

確かに、ネタとはいえ「愚痴」という表現はよろしくないですね。

そんな時ちょうどタイミングで、今読んでいる勝間氏の本に「愚痴」という言葉を発見。

シンクロニシティを感じる瞬間です。

その本では、仏教の三毒を心がける事でツキをよくしようといっています。

仏教の三毒とは、

  • 妬む
  • 怒る
  • 愚痴る

ことだそうですが、ググッてみると

仏教の三毒とは、

貪瞋癡(とんじんち)

  • 貪(とん)‐貪欲(とんよく)ともいう。はてしなくむさぼり求める心。
  • 瞋(しん)‐瞋恚(しんに)ともいう。怒りの心。
  • 癡(ち)‐愚癡(ぐち)ともいう。真理に対する無知の心。

とあります。

なるほど、正確に言えば、妬み・怒り・愚痴は瞋(しん)の一部。

ネット上で間違いに噛みついている人もいますが、大切なのは内容と解釈。

 

三毒の中でも、外に向かっている瞋(しん)の心。

 

上手くいかない理由を外に求めるうちは、前には進めないということですね。

 

 

 

実行するのは難しいけど、

 

 

真理を知るだけでも意味がある。

 

 

癡(ち)をなくすことにつながるわけですね。

 

 

上手くできています。

 

 

 

でも、貪(とん)‐欲を無にするのは難しいな~。

 

 

 

 

したっけの。

同級生

飯島愛さんが亡くなられましたね。

同い年なのでショックです。

少し前、小中学校の同級生が亡くなりました。

自分の死後の周りの様子を見てどう思っているのでしょう。

 

そういえば、子供の頃、死ぬ事が以上に恐怖だった。

 

大人になり、それほど怖くはなくなったけど、今はまだ、やれてなくて悔しい事が沢山残る。

 

人が亡くなる事は、自分を見つめるいい機会なのだと思う。

 

もちろん、彼女達のことを思うことも大切なのだろうけど。

 

ただ、ショックだ、悲しい、だけではなくて、いろんな事を考えるからこそ生きてきた意味が出てくるのだ。

 
 
 
 

合掌。

 
 
 
 
 
 
 
 

したっけの。

上川神社・神楽岡公園 北海道パワースポット

Dsc_2576

旭川でも有数のパワースポットに上川神社から神楽岡公園に続く一帯があります。

Dsc_2569

まずは、上川神社。

旭川を見渡す丘の上の神社は正に神様にふさわしい場所。

Dsc_2573
Dsc_2574

行った時は鮮やかな紅葉に包まれていました。

Dsc_2581

神社は力の集まる場所。

願い事は、本来、神様へ頼みごとではなくて、邪を祓い聖なる力を頂く行為なのではないかと思うのです。

生かすもころすも自分しだいと言ったところでしょうか。

Dsc_2579

さて、上川神社に隣接して、神楽岡公園があります。

Dsc_2661

旭川の中心部に近い場所にありながら緑に包まれた大きな公園は市民の癒しのスポット

Dsc_2614

Dsc_2623

Dsc_2652

Dsc_2625

Dsc_2640

Dsc_2645

Dsc_2659

Dsc_2633

Dsc_2642

特に語る事もないので写真日記風という事で(^^;

 
 
 
 
 
 
 
 
 

したっけの。

美瑛丸山公園 北海道パワースポット

Imgp7713

お盆休みに美瑛方面へのドライブ。

あの方も美瑛に来た際には立ち寄ると噂のパワースポット「丸山公園(シャマイクルチセ)」に立ち寄りました。

美瑛の街の中にある緑に包まれた小山は尊厳な雰囲気を漂わせます。

Imgp7716

美瑛の先住のアイヌ人がカムイを祀った、聖地シャマイクルチセ(文化神の家)だそうです。

切り開かれた山肌の石段を登ると山頂には、聖域と言える空気感に包まれます。

Dscn0831

この忠魂碑は何を語るのか、お盆の時期にココに導かれたのも何か意味があるのでしょうか。

山頂は、美瑛の街を一望できそうですが、木が生い茂り下界を見る事は出来ません。

 

Dscn0833

 

昼間でも暗いぐらいです。

下へ降りると、巨大なヤナギの木。

Dscn0830

大きな気の力が感じられる木。

美瑛には有名な木が沢山ありますが、この木が持つ気には敵わない。

 

まあ、周りにも木が一杯あり、だいいちヤナギなので余り絵にはなりませんが・・・

 
 
 
 

癒しのスポットであると同時に、色々な物が渦巻いている感覚も覚えました。

 
 
 
 
 

聖地の名にふさわしいレベル高めのパワースポットでした。

 
 
 
 
 
 

したっけの。

CAN 想いの力

人のブログを見てて心に響いたので引用です。

息子が父親に、こう聞いた。
お父さん、ボクと一緒にマラソンレースに参加してくれないか?
その父は心臓に問題が多少あるにも拘らず、いいぞと答えて、一緒にフルマラソンを走った。
その後も、父は息子のマラソン出場のリクエストには必ず”YES”と答えて、一緒に走った。

そんなある日、また息子が父親にこう尋ねた。
お父さん、ボクと一緒にアイアンマンレース(トライアスロン)に出てくれないか?
アイアンマン・トライアスロンを知らない方のために...(トライアスロンの中でも一番過酷なレースです)
3.86kmの海での水泳、180.2kmの自転車競技、そして42.195kmのフルマラソンで構成されている。このときのレースはハワイ島で行われた。

その映像はこちら

リンク先はキリスト教の映像ソーシャルサイトですが、大事な事は何を感じるかですから。

 

 

やってやれない事はないさ。

 

 

この平和な国、日本に五体満足に生まれたいじょう、やってやれない事はないさ。

 

 

どうなるかは分からないけど、やらなきゃ結果は分からない。

 

 

 

生きる意味が少しでも見えればそれでいい。

 

 

 

 

信じて。

 

 

 

自分を信じて。

 

 

 

 

 

やるさ。

 

 

 

 

 

CAN!

 

 

 

 

 

 

したっけの。

 

切れない心で

今日は、チョット大きなプロジェクトの顔合わせ、兼、打ち合わせへ。

素晴らしい人脈の広がりに感謝ですが、私の今後を占なう仕事にカナリのブレーキとなる出来事も。

しかし、それも人と人が関わる仕事なのでしょうがない。

 

支えてくれる人達がいるいじょう、折れるわけにはいかない。

 

今、ブログを書きながら見ているテレビで、外国人の女社長が「日本に来て一番嫌いな言葉は、しょうがないです。」と言う。

 

そうだよね。

 

しょうがないではなく、リスタート。

 
 

諦めなければ、終わりではない。

 
 

小心者でネガティブな自分。

 
 

でも、負けず嫌いでしつこい自分。

 
 

これからも負けるわけにはいかない。

 
 
 

この細い心が切れない様にコントロールしながら。

 
 
 
 
 

目指すべき場所に辿り着く日まで。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

したっけの。

生きがいの創造 読書とスピリチュアルと私

080611_143301

やっと読み終わった。

沢山本を読む事を自分に課してるはずなのに、最近、本が余り読めてなく欲求不満気味。

一冊の本も細切れに読んでるためナカナカ読み進まない。

この間、行った本屋でこの「生きがいの創造Ⅲ」を見つけ、

「お、スリーもでてるの!」と、迷わず買う。

実は、屋号「ガイネット」のガイは、この「生きがい」からいただいた。

それほど、飯田先生の著書には影響を受けた。

生きがいの矛先は人によって多種多様。

生きがいがあるかないかでは大きく変わる人生観。

宗教観の薄いこの日本において、スピリチュアルケアの追及が人の心を助ける物であることは間違いない。

その為にも、宗教的ではなく、ただ不思議の世界を語るわけではない、飯田先生のような存在は重要です。

霊的なことは怪しい事と決め付ける、唯脳論者の人も、宗教人の人も、霊的なことが正しいかどうかではなく、大切なのはそれを人生論に転換する考え方なのだという事を知ってほしい。

 
 
 
 
 

生きがい。

 
 

そして、学び。

 
 

その二つを考えるようになるだけで、いかなる人生も意味のあるものになる。

 
 
 

その為の、スピリチュアルでなければ意味が無い。

 
 
 
 

なんで、飯田史彦の事を先生って呼ぶかって。

 
 
 
 

それは、大学の経営学の先生だからさ。

 
 
 
 

大学の先生の文章だから、まわりくどくて読みづらいけど、心が弱っている人や人生に迷っている人は是非。

 
 
 

結局、どう思うかは自分次第だけど、いかなる事も知らないで論ずる事はおろかな事。

 
 
 
 

人に聞いた話なんて何処まで本当かわからない。

 
 
 
 

インターネットの情報なんてなおさらだ。

 
 
 
 
 

だから私は本を読む。

 
 
 
 

したっけの。

より以前の記事一覧

フォト

twitter

  • twitter

写真部


2014年7月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ